主な追悼コンサート
一般財団法人 若林 暢 音楽財団

日経新聞全国版2019年10月20日に掲載されました
紙面イメージ
「悪魔のすむ音楽」特集ページへ
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若林暢が応援する才能溢れる若い世代の演奏家たち特集ページへ
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CD「甦る若林暢」発売中
ソニーミュージックショップで試聴・購入する
ヴァイオリンへの情熱を燃やし続けてきた若林 暢
CD「甦る若林暢」発売中
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ヴァイオリンへの情熱を燃やし続けてきた若林 暢
若林暢 写真


3つのCDの詳細はこちらから
CD2CD2CD3
3つのCDの詳細はこちらから
CD2CD2CD3


 

3年前の6月に若林暢は亡くなりました
若林暢が天国に召されたとき、母富永トミさんは
暢が小さな小さなヴァイオリンを持ったのは4才の時でした
3年前の6月に若林暢は亡くなりました
若林暢が天国に召されたとき、母富永トミさんは
暢が小さな小さなヴァイオリンを持ったのは4才の時でした
母 富永トミ


 

第3弾CD「レコード特信」1位に

「レコード特信」による音楽チャート(2018年12月17日〜23日)で、第3弾CD「”魂のヴァイオリニスト”甦る若林暢」が1位になりました。

レコード特信の音楽チャートで1位に
「レコード芸術」2019年2月号紙面より


「銀座百点」3月号CDランキングに「”魂のヴァイオリニスト”甦る若林暢」が掲載されました


3月7日(木)朝日新聞大阪本社の夕刊に掲載されました

3月7日(木)朝日新聞大阪本社の夕刊に掲載されました


第3弾CDも「レコード芸術」特選に

現在発売中の音楽之友社「レコード芸術」2019年2月号で、第3弾CD「”魂のヴァイオリニスト”甦る若林暢」が特選に選ばれました。

若林暢の”魂のヴァイオリニスト” シリーズ「ヴァイオリン愛奏曲集」「ブラームス: ヴァイオリン・ソナタ全集」「甦る若林暢」3枚全て「特選」を頂きました。


この文章は「ぶらあぼ」2019年1月号にて、若林暢のCD発売にあたって掲載されたものです。
この文章は「ぶらあぼ」2019年1月号にて、
若林暢のCD発売にあたって掲載されたものです。
気高くも悲しみに満ちて TVプロデューサー 山登義明

 去年、ふとした縁から若林暢の短いヒューマンドキュメンタリーをプロデュースした。その折りにひっかかったのは、これだけの才能をもちながら何故若林暢は無名だったのだろうかということ。素晴らしい才能を持った人が、大勢の人に認めてもらうことになぜ積極的でなかったのだろう。取材を進めていく中で知的にして冒険心に富んだ人物だと知り、そんな彼女だからこそ謙虚などという偽装はとらないはず。後で聞いたのだが、プロの音楽家たちは暢のとてつもない力量は知っていたという。知る人ぞ知るという存在。今の時代にそんなファンタジーがあるのだろうか。
 とは言うものの、58年間のすべて彼女は野の花だったわけではない。遡ること30年ほど前、若林暢は世界のステージに立ち東奔西走する「薔薇の日々」を送った稀な時期がある。
 
 1986年。ニューヨークに来て2年経っていた。ジュリア-ドの大学院に通う暢はヴァイオリンの厳しい練習と若妻の勤めで忙しい毎日。ヴァイオリンはドロシー・ディレイに師事。(同門にイツァーク・パールマンや五嶋みどりなど)世界で活躍するヴァイオリニストの多くは彼女の指導をうけている。演奏だけでなく聴衆の心をいかに捉えるかということから衣装の色使いまであれこれと教え諭されること多く、愚痴をこぼす暇もない。否当時のことを、自分の好きな音楽を好きなだけ吸収出来る喜びと自信に暢は満ちていた、とジュリア-ドでいっしょに室内楽を学んだピアニスト鳥羽泰子は証言する。
 その年の秋、暢は東欧へ向かう。冷戦の終わり、ポーランドで開かれるヴィエニャフスキコンクールに出場するために。そこで彼女は優秀な成績で複数の賞に輝く。
この受賞を契機に暢は欧米を股にかけて飛び回ることになる。薔薇の日々の始まりである。そして冬、ポーランド国営放送から声がかかり、彼女の演奏が録音されることになった。収録された作品の一つがショーソン「詩曲 作品25」。
 音色は澄明だった。暗黒宇宙を飛び続ける迷いのない孤独な音。聴く者を久遠の世界に引き込む。時折デモーニッシュな音色が混じって揺らぎも起きる。言語化できない音空間。まさに音楽の詩だ。三十路を前にして暢はすでにミューズの神殿の奥深くへ分け入っていた。この段階で暢は完成の域に達していた。
 やがて日本へ戻った暢は後進の指導にも力を注ぎ、音楽大学で指導することよりも潤沢な時間を一人の生徒に注ぐ「寺子屋方式」のレッスン方法を好んだ。
自分の世界へと埋没しながら野の花として生きて行く。彼女にとって有名無名は些末なこと。ただ「音楽すること」を目指していたから。
 
 晩年は難病の母の家庭内介護と肺がんを患う父の介護という困難な運命にも遭遇する。やがて自身も癌に蝕まれ余命宣告を受け、それでも最期まで諦めることなく演奏活動を続けた。2016年5月最後の演奏会をキャンセルしたあと緩和病棟に入院するが、若林暢は意識が無くなる直前までヴァイオリンの練習を続けた。

TVプロデューサー 山登義明

気高くも悲しみに満ちて おわり

気高くも悲しみに満ちて TVプロデューサー 山登義明

 去年、ふとした縁から若林暢の短いヒューマンドキュメンタリーをプロデュースした。その折りにひっかかったのは、これだけの才能をもちながら何故若林暢は無名だったのだろうかということ。素晴らしい才能を持った人が、大勢の人に認めてもらうことになぜ積極的でなかったのだろう。取材を進めていく中で知的にして冒険心に富んだ人物だと知り、そんな彼女だからこそ謙虚などという偽装はとらないはず。後で聞いたのだが、プロの音楽家たちは暢のとてつもない力量は知っていたという。知る人ぞ知るという存在。今の時代にそんなファンタジーがあるのだろうか。
 とは言うものの、58年間のすべて彼女は野の花だったわけではない。遡ること30年ほど前、若林暢は世界のステージに立ち東奔西走する「薔薇の日々」を送った稀な時期がある。
 
 1986年。ニューヨークに来て2年経っていた。ジュリア-ドの大学院に通う暢はヴァイオリンの厳しい練習と若妻の勤めで忙しい毎日。ヴァイオリンはドロシー・ディレイに師事。(同門にイツァーク・パールマンや五嶋みどりなど)世界で活躍するヴァイオリニストの多くは彼女の指導をうけている。演奏だけでなく聴衆の心をいかに捉えるかということから衣装の色使いまであれこれと教え諭されること多く、愚痴をこぼす暇もない。否当時のことを、自分の好きな音楽を好きなだけ吸収出来る喜びと自信に暢は満ちていた、とジュリア-ドでいっしょに室内楽を学んだピアニスト鳥羽泰子は証言する。
 その年の秋、暢は東欧へ向かう。冷戦の終わり、ポーランドで開かれるヴィエニャフスキコンクールに出場するために。そこで彼女は優秀な成績で複数の賞に輝く。
この受賞を契機に暢は欧米を股にかけて飛び回ることになる。薔薇の日々の始まりである。そして冬、ポーランド国営放送から声がかかり、彼女の演奏が録音されることになった。収録された作品の一つがショーソン「詩曲 作品25」。
 音色は澄明だった。暗黒宇宙を飛び続ける迷いのない孤独な音。聴く者を久遠の世界に引き込む。時折デモーニッシュな音色が混じって揺らぎも起きる。言語化できない音空間。まさに音楽の詩だ。三十路を前にして暢はすでにミューズの神殿の奥深くへ分け入っていた。この段階で暢は完成の域に達していた。
 やがて日本へ戻った暢は後進の指導にも力を注ぎ、音楽大学で指導することよりも潤沢な時間を一人の生徒に注ぐ「寺子屋方式」のレッスン方法を好んだ。
自分の世界へと埋没しながら野の花として生きて行く。彼女にとって有名無名は些末なこと。ただ「音楽すること」を目指していたから。
 
 晩年は難病の母の家庭内介護と肺がんを患う父の介護という困難な運命にも遭遇する。やがて自身も癌に蝕まれ余命宣告を受け、それでも最期まで諦めることなく演奏活動を続けた。2016年5月最後の演奏会をキャンセルしたあと緩和病棟に入院するが、若林暢は意識が無くなる直前までヴァイオリンの練習を続けた。

TVプロデューサー 山登義明

若林 暢(わかばやし のぶ) プロフィール

東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学、同大学院を経て、ジュリアード音楽院を卒業。1995年「音楽に登場する悪魔」の論文で博士号を取得。ニューヨーク国際芸術家コンクール、モントリオール国際コンクールで優勝。1986年に、ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで2位、最優秀音楽解釈賞、ヘンリク・シェリング賞、ワンダ・ウィルコミルスカ賞、ポズナン市長賞などの副賞を全て受賞し、ヘンリク・シェリングからも絶賛される。1987年カーネギー・ホールでのデビューリサイタルは、ニューヨーク・タイムズ紙でも高い評価を受け、その後はアメリカ、ドイツ、イタリア、スペイン、ポーランド、スイス、オーストリア、中国、韓国など世界各地でソリストとしての演奏活動を続けて、2016年6月8日に58歳で亡くなる。2017年に発売された国内初のCD「ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集」「ヴァイオリン愛奏曲集」は、『2017年度クラシック年間ベストセラーCDランキング(2016年11月28日~2017年12月3日まで/レコード特信出版社調べ)』で1位(ヴァイオリン愛奏曲集)と2位(ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集)に選ばれるなど、故人のクラシック演奏家のCDとしては異例の大ヒットとなった。

くわしいプロフィールはこちら
若林 暢 写真

若林 暢(わかばやし のぶ) プロフィール

東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校、東京藝術大学、同大学院を経て、ジュリアード音楽院を卒業。1995年「音楽に登場する悪魔」の論文で博士号を取得。ニューヨーク国際芸術家コンクール、モントリオール国際コンクールで優勝。1986年に、ヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールで2位、最優秀音楽解釈賞、ヘンリク・シェリング賞、ワンダ・ウィルコミルスカ賞、ポズナン市長賞などの副賞を全て受賞し、ヘンリク・シェリングからも絶賛される。1987年カーネギー・ホールでのデビューリサイタルは、ニューヨーク・タイムズ紙でも高い評価を受け、その後はアメリカ、ドイツ、イタリア、スペイン、ポーランド、スイス、オーストリア、中国、韓国など世界各地でソリストとしての演奏活動を続けて、2016年6月8日に58歳で亡くなる。2017年に発売された国内初のCD「ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集」「ヴァイオリン愛奏曲集」は、『2017年度クラシック年間ベストセラーCDランキング(2016年11月28日~2017年12月3日まで/レコード特信出版社調べ)』で1位(ヴァイオリン愛奏曲集)と2位(ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ全集)に選ばれるなど、故人のクラシック演奏家のCDとしては異例の大ヒットとなった。

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さだまさしさんからのメッセージ
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年間ランキング1位と2位に
主な追悼コンサートのアーカイブ
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これまでのメディア情報

投稿日:2019年5月13日 更新日: